私はひょんなことから農家である実家の
手伝いをすることとなり
今ではトラクターに乗って田を耕している
(アラフォーにもなれば人生色々なことが起こる
ものだと多少の覚悟はしているが
これに関しては「ひょん」なことというよりは
お寺の鐘くらいの重低音を響かせても
良いような気がしている)
まあ私はトランスフォーマーや
パシフィック・リムのような
ロボット映画が好物なので
地上2m近くに視点があるトラクタに乗るという事は
そういったロボットのコックピットに乗る
擬似体験だと思っている
なのでやぶさかではない…
むしろチョアである
ただ残念ながらトラクタは私の神経と
連動している訳でもなく、意思を持って
自分から田んぼに入ってくれる訳でもないので
毎回畔の段差を「死ぬーー!!」と叫びながら
降りていく羽目にはなっている
さて、その命からがら降りた田んぼでは
私の叫び以上に色々な命たちの
歓喜、あるいは絶望の声が
響き渡っていたのである
田んぼは、前年の秋の刈り取りのあと
冬の間放置される
すると春にはびっしりと雑草を生やし
小さな生き物たちの楽園となる
伸びに伸びた雑草は小動物たちの棲家となり
そこで小さなネズミや蛙たちは新たな命を育み
次世代に種をつなぐ
ピリピリとした冬の冷たい空気が徐々に
やわらぎ、辺りが穏やかな春の日差しに包まれ
ちいこき命たちが雑草の下から出て
新たな世界に触れようとするその頃
トラクタの轟音を響かせながら現れる私
そう
楽園の崩壊の始まりである
ところで耕運作業をするトラクタの後ろに
たくさんの鳥たちが群がるのを
見たことがあるだろうか?
主にサギやカラス、ムクドリである
私はその鳥たちを「ストーカー」と呼んでいるが
トラクタにつきまとう彼らには狙いがある
そう、御馳走…もといちいこき命を
食べるためである
音に驚き飛び跳ねる蛙
身の危険を察知し、他の茂みへと
隠れようとする野鼠
ストーカーたちのご飯が田んぼから
たくさん現れる
奴らはとてもめざといので
ちょっと蛙が草から顔を出しただけで
そこに瞬時に嘴を突っ込み
美味しくいただくのだ
ぶっちゃけ地獄絵図である
1.私がトラクタを走らせ
2.ちいこき命が飛び出し
3.美味しくいただかれる
ちいこき命たちの死の3ステップである
これが自然界…それはわかっているものの
あまりの光景に
「ヒェ〜!」「南無阿弥陀仏!!!」
と何度叫んだかわかったものではない
※劇場版エヴァンゲリオン
「Air/まごころを、君に」の
アスカと量産機シーンを
リアルに目の前でやられていると
ご想像ください
頼むから私の視界に入らないところで
やって欲しい
巣に持ち帰ってやって欲しい
カラスがネズミを追いかけていった
その先でデュクシデュクシするのも
正直勘弁して欲しい
間接的に命を奪ってしまったという
罪悪感が常につきまとってくるのである
私は稲のために張り切って田んぼに入り
毎回土をふっかふかに耕し
目の前で繰り広げられるお食事風景に
最後は虚な目をしながら
ほ場を後にする
残ったストーカーたち…
もとい鳥たちは
去り行く私に一瞥もくれず
美味しいご馳走に夢中で
礼の一つさえ言わない(当たり前)
米を作ること
それは米という漢字が表すように
沢山の手がかかっているが
人間の手と同じくらい
いやもしかしたらそれ以上に
沢山の命がかかっているのかもしれない
ちなみに次の田んぼに向かうとそこには
先の田んぼで蛙を踊り食いをしていた
ストーカーたちが
「遅かったやないか」
という目をしながらこちらを出迎えくれる
ほんと
自然界って
怖いよね
お米は残さず食べましょう
終わり
